28.塙保己一と渋沢栄一

更新日:2023年03月27日

埼玉県が生んだ偉人に、塙保己一がいます。渋沢栄一は、保己一を尊敬し、「群書類従」の版木の保存に深く関わっています。

塙保己一は、延享3年(1746)に児玉郡保木野村(現本庄市)に生まれ、7歳の頃視力を失ってしまいました。14歳の時、琵琶や琴、鍼、按摩等の修行をするため江戸に旅立ちました。保己一の修行の様子をみた師匠から学問への道をすすめられ、歌学や国学、漢学、律令の教えを受けました。先生の話や読んでもらった本を直ちに覚えてしまう記憶力はすばらしいものでした。しかし、耳で聞いた言葉を、頭の中で文字や漢字に直す作業は、間違いが許されない厳しいものでした。保己一は文政2年(1819)74歳で全670巻の「群書類従」を出版しました。版木は1万7千枚を越えるものです。この「群書類従」の出版によって、わが国の江戸以前の文献が一堂に集められ、整理されました。文化の消滅を防ぎ、文化を広める基礎ができたのです。

「群書類従」の版木は、現在東京都渋谷区にある温故学会会館に保存されています。「温故学会」は、明治42年に保己一の残した文化遺産を後世に伝えるために設立されました。栄一はその際、賛助会員となっています。版木の保存を考えて現在の鉄筋コンクリート作りの会館の建設には、栄一はさらに力を貸し、開館の式典では栄一が式辞を述べています。

昭和12年に来日したヘレン・ケラーは、同会館を訪れ、『わたしは母から塙先生をお手本にしなさい、と言われて育ちました。』と語っています。現在、保己一の残した版木から刷り上げた本を手にすることができます。郷土を深く愛し、国の発展を様々な面から応援した栄一の志と、初志を貫徹した保己一の信念とが折り重なって伝わってくるように感じます。

〔文・河田重三さん〕

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