渋沢 栄一 デジタルミュージアム【shibusawa eiichi digital museum】

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26.平和思想に学ぶ

更新日:2016年3月31日

 日清・日露戦争に勝利したものの、戦後の政治や社会の混乱に心を痛めた渋沢翁は、戦争のない世界を作ろうと様々な努力をしました。植民地争奪戦の第一次世界大戦が終わり、講和条約の締結と同時に、アメリカのウィルソン大統領の提唱による国際連盟(国際連合の前身)が成立したとき、翁は加盟国が「紛争の処理を戦争に訴えない義務を持つ」連盟を大歓迎します。そして各国に国際連盟を支援する民間組織である国際連盟協会が結成されると、直ちに同士の人たちと相談して「日本国際連盟協会」を作ります。推されて会長に就任し、終生その中心となって活動しました。ここで大正十年、82歳の翁が全国商業会議所連合会で、国際連盟協会への加入を呼びかけたときの演説速記録をのぞいてみます。
 翁は自ら「私は平和論者であります」と前置きして、武力によって他国を制圧することに反対し、日清・日露戦争を「忌まわしい戦争だ」として「戦争を喜ぶということは人類のもっとも恥ずべきことである」と言います。また戦争をしないためには「軍艦を造るよりも、台場を築くよりも、飛行機よりも、潜水艇よりも、国際連盟が必要である」と述べます。さらに軍国主義化する政府の外交方針を厳しく批判し、中国問題では「山東省の処分および漢口の駐屯兵の廃止を早くなさらぬと、中国の日本人排斥はいつまでも続く」と警告しました。最後に現在の我が国が「甚だ憂慮すべき」状況にあり、政府や霞ヶ関だけに外交を任せられないと言い、国際連盟が「完全なる機関となるよう」「我々国民の奮発すべき時機到来」したので、この協会への参加は「諸君の義務」ではないかとも述べました。
 翁と同士の人たちは軍国主義へ向かう政治を阻止し、平和友好の道を懸命に追求したのです。翁の発言は現代の国際政治やこの国の行方に重要な示唆を与えています。

〔文・小林敏男さん/平成18年2月号掲載〕

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