渋沢 栄一 デジタルミュージアム【shibusawa eiichi digital museum】

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10.ハリス記念碑

更新日:2016年3月31日

 伊豆下田は、日本を開国させる契機となったペリー来航の地です。ここ下田の玉泉寺に初代米国総領事ハリスの総領事館が約2年間置かれていました。
 ハリスが去って約70年後、歴史の舞台となった玉泉寺は荒れ果ててしまいました。新住職となった村上氏はまだ大学在学中でしたが、寺の復旧保存に情熱を燃やし、資金募集に奔走しました。しかし、若年のためか思うように事が運ばず、諦めかけていました。そんな矢先に知人の紹介で当時の巨頭・渋沢栄一に辿り着いたのです。ペリー来航直後の日本は尊皇攘夷運動の嵐が吹き荒れていました。我が身の危険を顧みず、病気の身体をおして尻込みする幕府を説き伏せ、植民地時代の列強から日本を救ってくれたハリスには大恩を感じていた渋沢栄一ですが、意外にも若き住職の申し入れに対し次の様に諭したのです。
 「まず地元の方を固めてから来られるのが至当でしょう。地元で及ばぬ所を応援するのが順当でしょう」と。
 若き住職の熱意には打たれるものの、地元の人々の関心が低いことをたしなめて物事の道筋を教えたのです。
 白河市の南湖神社の再建や一橋大学の創設、国立劇場や埼玉会館の創設等、渋沢栄一が名を連ねて資金募集したり斡旋したりすれば大概成功していたのですが、ここでは若き住職のため先のようにしたのです。
 その後栄一の教えに従って地元を見事に固めた熱意に渋沢栄一も本腰を入れ、日米協会の徳川家達会長や米国駐日大使らに働きかけ念願が叶ったのです。
 玉泉寺には、ペリー艦隊の仕官と海兵隊員五人の墓もたてられ、毎年墓詣でがされています。
 昭和54年には、カーター米国大統領(当時)も来訪しています。
 玉泉寺の復旧保存とともに建てられたハリスの記念碑は、日米親善の礎、そして証として、今も燦然と輝いています。

〔文・橋本実さん/平成16年10月号掲載〕

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