渋沢 栄一 デジタルミュージアム【shibusawa eiichi digital museum】

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9.国際平和運動の実践者・渋沢栄一

更新日:2016年3月31日

 栄一翁は古稀を機に実業界の多くの役職を退き、以後約20年間、教育・福祉・文化など社会公共事業に献身しました。今、注目したいのは平和活動です。悪化した日米関係改善のための4度もの渡米や、人形交換による親善事業はよく知られていますが、それだけではありません。日清・日露戦争の後、混乱する内外の情勢を打開するため、同志たちと「帰一協会」という組織を作り、国際的な相互理解と平和共存の研究や講演活動などを推進しました。栄一翁の平和思想の基本には、幼少時代から学んだ「忠恕」に象徴される儒教思想と西欧近代の合理思想との融合(論語と算盤)がありました。
 また、欧州を戦場にした第一次世界大戦後、反戦平和運動の高まりの中で国際連盟(国連の前身)が成立すると、栄一翁はこれを世界平和の拠点と位置付け、同志たちと協議して「日本国際連盟協会」を創設。諸外国の協会と協調して民間からの国際連盟支援運動を推進しました。晩年には4年連続して国際平和記念日(パリ講和条約締結)の11月11日、協会会長としてNHKラジオで全国民に向け平和の訴えを放送。昭和2年の放送では「大戦惨禍の記憶を新たにして、心の軍備縮小に努め、世界の平和に御貢献下さることを希望します」と結びました。
 奇しくもその4年後、昭和6年の国際平和記念日の早暁、栄一翁は91歳で逝去。予定していた「平和記念講演会」は「渋沢子爵追悼の夕」として朝日新聞社講堂で盛大に開催されました。こうした懸命の努力も及ばず、この年日本は日中戦争に突入し、昭和20年の悲惨な敗戦まで、15年間も戦争を続けました。これは栄一翁にとって、一大痛恨事だったことでしょう。
 栄一翁を単なる過去の偉人としてではなく、平和運動の実践者として見直し、翁の遺志を継承発展させることこそ、今市民に求められていると思います。

〔文・小林敏男さん/平成16年9月号掲載〕

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