渋沢 栄一 デジタルミュージアム【shibusawa eiichi digital museum】

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5.大震災と渋沢栄一(情けは人のためならず)

更新日:2016年3月31日

 昨年は大地震の多い年でした。宮城県沖地震、宮城県北部地震、十勝沖地震、更に年末には地震史上まれにみる4万人を超す犠牲者を出す大地震がイラン南東部に起きました。新聞やテレビ等のマスコミは、連日のようにその悲惨な光景を映し出していました。
 去る1月17日で、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)に見舞われてからまる9年になりました。この震災は世界的に災害に対する関心を高め、ボランティアをはじめ災害復興等も国際的な規模で行われるようになりました。しかし、これらの地震災害では多くの尊いかけがえのない命が失われ、都市や住宅なども跡形もなく破壊され、その災害復興には莫大な資金が掛かります。
 明治39年(1906年)にアメリカのサンフランシスコに大地震があり、日本の財界では災害見舞金の拠出に首脳陣が前例がないため大変苦慮していたとのことでした。その時、渋沢栄一が頭取をしていた第一銀行が当時のお金で1万円の寄付を申し出ました。すると、頭を痛めていた関係機関から見舞金が次々と集まり17万円もの義援金をサンフランシスコに送ることが出来たそうです。
 それから17年後の大正12年(1923年)日本では関東大震災に見舞われ未曾有の大災害を被りました。その時、今度はアメリカから巨額の義援金が送られ、外債をも引き受けてくれるなどさまざまな援助があったそうです。
 これらは、大竹美喜氏の「これでいいのかニッポン」(日本放送出版協会)を参考にしましたが、大竹氏はアメリカの保険会社の日本代表で、阪神・淡路大震災の時の同社の対応は速く、3日後には救援金100万ドルをアメリカの赤十字社に寄託し、更に同額の追加拠出も約束してくれたそうです。まさに、「情けはひとのためならず」ですね。

〔文・水野四郎さん/平成16年5月号掲載〕

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