井田金太郎(いだきんたろう)
生没年
1918-1974
解説
大正7年(1918年)12月23日に深谷市上敷免の地に生まれ、農業の傍ら絵画を学ぶ。日本洋画家界で著名な岩井弥一郎らによって創設された一線美術会の会員となり、毎年上野美術展に出品した。また、県展などの総合美術展に数多く出品、数々の賞を得る。
晩年は全盲に近い状態となるが、妻に絵具を調合・支持させ、亡くなるまで絵を描き続けた。
1918-1974
大正7年(1918年)12月23日に深谷市上敷免の地に生まれ、農業の傍ら絵画を学ぶ。日本洋画家界で著名な岩井弥一郎らによって創設された一線美術会の会員となり、毎年上野美術展に出品した。また、県展などの総合美術展に数多く出品、数々の賞を得る。
晩年は全盲に近い状態となるが、妻に絵具を調合・支持させ、亡くなるまで絵を描き続けた。
更新日:2023年03月27日