永井明(ながいあきら)

更新日:2017年2月22日

永井明

生没年

1921(大正10)年-1979(昭和54)年

解説

 永井明は、大正10(1921)年1月21日、栃木県佐野市で生まれました。明は、幼い時かかった小児まひのため歩行困難となり、東京の肢体不自由児施設で小学校教育を受けました。その後、父の赴任先であった栃木市へ帰り、以後ほとんど独学で歴史、文学、哲学のほか、外国の習慣や言葉などを習得しました。20歳で父の転任地であった深谷市に移住後、児童文学を志し、児童文学作家の神戸淳吉(かんべじゅんきち)、山本彰(やまもとあきら)、高田彰(たかだあきら)らと児童文学同人誌『白い馬』を刊行しました。15年にわたる発行期間中には、ほぼ一貫してその編集人を務めました。

 明自身の作品としては、昭和31(1956)年、デビュー作『ピイ公物語』が出版されます。昭和44(1969)年に出版された『終りのない道』は、自伝的要素の濃い作品で、幼い時に小児まひにかかり肢体不自由となった少年が、自らの運命を呪いながらも必死に生きていく姿が描かれています。この作品は、障害児の視点から書いた文学作品としては先駆的なもので、また、当時の障害児がどんな医療や教育を受けたかなど、社会的記録にもなっていると言われます。

 明の作品や、生き方の主柱となっていたのは、キリスト教でした。明は16歳で洗礼を受け、戦後、「深谷神の教会」の牧師として赴任したアメリカ人のドナルド・ゴーエンス氏と出会うと、同教会の会員となって教会の敷地内に住み、児童文学に取り組む傍ら、平信徒伝道者(ひらしんとでんどうしゃ)、日曜学校校長として奉仕します。こうして、信仰心や教義への理解をいっそう深めていったのでしょう。昭和52(1977)年からは、ゴーエンス氏の帰国により、牧師が不在となった深谷神の教会の日曜礼拝を務めました。

 明は、自らの障害に不自由はないかのように明るく穏やかにふるまい、誰からも慕われていました。そして、短歌や俳句の勉強会、読書会を開催して、多くの人たちが教会を訪れました。また、子どもたちには自らの児童文学作品を通して、より良い人間になるように望んでいました。

 20歳から深谷の地で過ごした明は、昭和54(1979)年3月に急逝し、58歳でその生涯を終えました。(『広報ふかや2017年1月号』より引用)

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