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近代・現代

更新日:2014年4月17日

幕末~近代

~新たな産業の発展~

幕末から明治維新にかけては、北部の村々から優れた憂国の志士が輩出されました。水戸学を学び尊王攘夷論に傾倒した、桃井可堂、尾高惇忠、渋沢栄一たちでした。渋沢栄一は、倒幕運動の計画中止の混乱から満23歳のときに深谷を離れましたが、以後、明治新政府、次に実業に携わり、日本近代経済の父と呼ばれる活躍をしました。
明治20年には、深谷市にも日本で最初の機械式煉瓦製造工場である、日本煉瓦製造株式会社を設立しました。ここで作られた煉瓦は、東京駅、迎賓館、法務省旧本館など明治期の多くの西洋建築に用いられています。

明治時代以降の深谷市の産業は、特に窯業、煉瓦製造業の発達とともに振興していきました。

渋沢栄一

渋沢栄一

尾高惇忠

尾高惇忠

農業では、北部を中心とした地域で、藍作から養蚕、米麦、野菜などへ転換が図られました。全国に名を知られる「深谷ねぎ」も明治30年頃から新しい作物として本格的栽培が始まりました。

日本煉瓦製造株式会社工場(明治22年ごろ)

ねぎの出荷作業。明戸(昭和32年)

現代

~現在の深谷市へ

平成18年1月1日、深谷市、岡部町、川本町、花園町が合併し、新しい深谷市が誕生しました。新しい深谷市には、旧市及び町の歴史と文化財が引き継がれました。今後新しい歴史が作られていくこととなります。

JR高崎線 深谷駅

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