先史時代・旧石器時代
わたしたちの住む深谷市は、関東平野のほぼ中央部、埼玉県の北部に位置しています。北端は利根川に接していて、その流れはたびたび氾濫しては人々を困らせましたが、同時に肥沃な土地をつくり、その恵みによって農業生産が盛んに行われてきました。また、南側には荒川が流れており、異なる風土を形成しております。
市の中央部を東西に走るJR高崎線を境に、南側に台地(櫛引台地)北側に低地(妻沼低地)が広がっています。冬には赤城颪(あかぎおろし)と呼ばれる強い北風が吹きます。天気のよいときは、遠くの山々を遠望することができます。また荒川南部には丘陵地帯に接する台地(江南台地)が広がっています。
この地にわたしたちの祖先が暮らし始めたのはいつのことでしょう。
数多く発見されている遺跡や残された文化財をたどることで、深谷市の歴史を概観してみましょう。
先史時代
~海だった深谷とナウマン象が歩く平原~
深谷市に人類が現れる以前のことになりますが、この地に巨大なサメ(メガロドン)が生息していました。荒川の菅沼河原で体長12メートルと推定されるメガロドンの歯化石が昭和61年に発見されたのです。今から1200万年前の地層から発見されたことから、当時、深谷市一帯は海の底であったことがわかります。
このメガロドン化石群は、一個体を網羅するもので、その学術上の価値の高さから埼玉県の天然記念物に指定されています。
また、時代は下り、今から5万年から10万年前のナウマン象の化石が上折之口で発見されています。

深谷市菅沼で発見されたメガロドンの歯化石(埼玉県立自然の博物館所蔵)
ナウマン象臼歯化石(個人蔵)
*同時に出土したナウマン象臼歯が、埼玉県立自然の博物館(長瀞町)に展示されています。
深谷市ゆかりの埼玉県指定天然記念物(巨大ザメ化石)の追加指定等について
旧石器時代
~最古の祖先の痕跡~
わたしたちの祖先が残した最も古い足跡は、旧石器時代までさかのぼります。長く続いた氷河時代の終わりで、わたしたちの祖先は、大陸から日本列島へ渡ってきて、狩猟を中心とした生活をしていたと推定されます。
深谷市内では、16か所の遺跡で旧石器時代の石器が発見されていますが、最も古いものとして、北坂遺跡(本郷)で3万年以上前の石器が見つかっています。これは、埼玉県内でも最古級の資料と考えられています。ナイフ形石器、台形様石器、掻・削器など多数の石器は、埼玉県北部のこの地に人類が到達し、生活を開始した痕跡と言えます。
また、幡羅遺跡(東方)や花小路遺跡(西大沼)などで約2万年前のナイフ形石器が、白草遺跡(本田)で旧石器時代末期の細石刃が大量に出土しています。
ナイフ形石器(幡羅遺跡出土)
細石刃(白草遺跡出土)
更新日:2026年09月01日