●●●●家蚕室の保存活用に関する要望書

更新日:2023年03月27日

●●●●家蚕室の保存活用に関する要望書
陳情者名 一般社団法人 日本建築学会関東支部
受付日 平成29年8月16日
陳情内容 拝啓 時下ますます御清祥のこととお慶び申し上げます。
平素より、本会の活動につきましてご理解とご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、伊勢崎市と本庄市にまたがって所在する●●●●家住宅は、四件隣の世界遺産・田島弥平旧宅(群馬県伊勢崎市境島村)とともに、幕末から明治初期における当地域の蚕種製造業隆盛を示す貴重な文化遺産です。しかし、上毛新聞2017(平成29)年6月27日の報道によると、●●●●家蚕室は現在取り壊しの危機に直面していると聞き及んでおります。
●●●●家住宅は、1868(明治元)年建築とされる2階建て主屋をはじめ、2階建て蚕室、土蔵2棟、表門、井戸上屋、屋敷神、西面の防風・日除林、背面の洪水除け石垣、など島村における大規模蚕種製造者屋敷を良く留める存在として知られています。特に、南側から屋敷を眺望した場合、蚕室と主屋の大きな瓦屋根建築が雁行して並び建ち、その屋頂に換気用の越屋根(通称「櫓」)をかかげる姿は、大型蚕種製造建築が多数現存する島村において随一の景観を誇ります。
蚕室の明確な建築年代は不明ですが、明治末から大正初期頃と推定され、1階は貯桑場、2階が蚕室でした。蚕室の利用形態は、昭和40年代の養蚕廃業後に倉庫として利用されてきましたが、基本的な規模・構造・意匠を良く留め、蚕種製造家の蚕室実態を把握することは十分可能です。そうした専門的な評価は別紙見解に示したとおりです。つまり●●●●家蚕室は、専用蚕室の良好な遺構が少ない島村において、年代や機能において世界遺産・田島弥平旧宅の桑場(上階は蚕室)の研究を進める上で不可欠な存在です。
このように●●●●家蚕室は、幕末から近代における我が国の蚕種製造業を考える上で重要な存在です。しかし、屋敷地が群馬県と埼玉県の県境にあり、蚕室や主屋は埼玉県本庄市側に所在するため、群馬県側からは文化財保護施策対象と認識されていません。また、埼玉県側からも「自県の文化遺産」との積極的姿勢は感じられません。このような県境の悲哀は島村では少なくありません。
一方、田島弥平旧宅の世界遺産登録に伴うバッファゾーン設定には、●●●●家住宅はじめ埼玉県境に所在する屋敷数件も含まれています。また、伊勢崎市・本庄市・深谷市は、田島弥平旧宅の世界遺産登録を契機として三市間の行政連絡会議を行ったり、絹文化や郷土の偉人顕彰を通じた観光連携を試行したり、地域の歴史的資産を行政の枠を超えて活かす試みも芽生えています。
貴下におかれましては、この貴重な建物と敷地の持つ文化的意義と歴史的価値についてあらためてご確認いただき、●●●●家蚕室の保存問題を契機として、県境を横断した行政連携による「文化遺産保存活用を核とした魅力ある地域づくり創出」について、格別のご配慮を賜りたくお願い申し上げる次第です。
なお、日本建築学会関東支部といたしましては、この建物の保存活用に関して、学術的観点からのご相談をお受けいたします。 敬具

(資料の掲載は省略させていただきます)
(要望書の受領のみ)
担当課 文化振興課、渋沢栄一記念館

 

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